蛻変(ぜいへん)の記 ~変化を常態化する~

「チームビルディング」と出会い、自分のあり方と周りへの伝え方を変えることで、周り人が手伝ってくれるようになる。「チームビルディング」の考え方や日々の気付きについて発信しています。

アナログだからこそ自然にあった役割

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2020年9月21日 蛻変の記187号
今日も自分の中に起こった「?」や「!」を書いていきます。
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昨日、今日と茨城県の県央から県北にかけて家族三人で旅行してきました。

自家用車で一日で二か所しか回らないゆったりしたもの。

一つ巡ったら次の目的地が40km先みたいな行きたいこと優先の合理性が全くない旅程。

運転手は私だけなので、妻と交代で運転とはいかない。

休憩として与えられるのは、妻が娘と遊んでいる間に一人で海を眺めるみたいにぼーっとする時間。

これだけでもリラックスできるものです。

 

一人で運転している上に、目的地の間隔が離れた場所に行くのは完全にナビ頼み。

場所は調べても地図を見たり、地図を見たりしていないので、行き方はナビに依存してましたね。

一人でナビを見ながら運転してたとき、自分が子どものときの家族旅行を思い出す。

 

自分が小学生くらいのときの家族旅行も父親一人で運転してどこかに行くものでした。

今と違ってナビのない時代。

助手席に乗る人が地図を見ながら指示するのが我が家の決まり。

父親に言われたのか、自分から言い出したのか分からないですが、ナビ役をやることが多かった。

目的地までの行き方や高速を使うのかなどを前日に父親と相談して大方のルートを決める。

運転中は横にいて、必要に応じて案内する。

 

このナビ役は今振り返ると3つの教育要素があったように思う。

1点目は責任感。

子どもながらに道の行き方を決めたり案内をしたりという旅行での役割を担う。

違うところに案内したら、家族からのブーイング。

上手くいって当たり前という空気。

さらには眠気との戦い。

自分が寝たら案内する人がいないという気持ちから役割を全うしないと、という気持ちになったのを覚えています。

 

2点目は逆算思考。

ゴールからスタートまでを逆算してルートを設定する。

最短距離はどのルートか、どの道を通るのが早いのかなどを考えていたんですよね。

渋滞した場合などに備えてメインのルート以外にも思いを巡らせていました。

 

3点目は的確な指示。

急に右に曲がれとか言っても、父親は対応できない。

二車線ある道路ではあらかじめ行きたい方に寄っておかないと対応できないことがある。

右の車線入っといてとか、次の次の信号でまがるよなど、状況に合わせて指示する力がついたように思いますね。

 

ナビ役を子どもにさせるというのも、考える機会を作っていたんだなと感じます。

移動中に何の役割も与えていないうちの娘は食べるか寝るかしかやってなかった…

何もさせていない親が悪いのですが、

子どもながらに何かしら役割を担わせるというのは成長する良い機会なのかなと思います。

 

期待する人にどんな役割を任せますか?」