余計な一言を足す前に自分に問いかける
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2021年4月6日 蛻変の記322号
今日も自分の中に起こった「?」や「!」を書いていきます。
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このところ思考がぐるぐるしている。
自分なりに「こうだ!」と思えるものが見つからない。
それは「一言つけたしてしまう」ということ。
言わなくてもいいのにわざわざ言ってしまう。
言ったときには気づかなくても、後で「要らんかったわぁ」と思う。
話すだけでなく、書くのも同じ。
書かなくても意味が通じるのにわざわざ一言つけたしてくる人をみて、
自分は不快に思っているにもかかわらず、自分もやってしまう。
自分はやらんとこって思っているのにやらかす。
この「何でやってまうんやろう」というのに思考がぐるぐるする。
分かっているならやらなければいい。
ただ、それだけなんですけどね。
言うときは「相手のためになるはず」と思って言ってる。
言ったあとは「余計なお世話やな」と自己嫌悪になる。
わざわざ「余計なお世話ですけど」を付けて言っている。
親切とおせっかいの関係に似ているかもしれない。
どちらもエゴからきているか、利他の心の大きさで意味合いがことなる。
自己満足でやっているには変わりない。
口にする、文字にする前に「利他につながるか」を考える間が必要。
その問いに対して嘘や怪しい要素が入るなか、黙って置いたほうが良い気がする。
言いたいだけの自分が満足するための行動になる。
「言おうとしていることに嘘気は入ってませんか」と問いかける。
「本気です!」とならないことは黙るようにしよう。
必要なことだけを口にする大人になりたいものです