坐ることを通して、流れる時間の違いを知る
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2021年4月25日 蛻変の記334号
今日も自分の中に起こった「?」や「!」を書いていきます。
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新しい習慣として、一日の寝る前に15分の坐禅を始める。
やり始めて一週間くらいたつ。
頭を空っぽにする時間を作るために始める。
周りに振り回されたり、惰性でダラダラしがちだったので、
自分で意図して何もしない時間を作る。
たった15分足を組んで坐るだけ。
それだけなのに、かなり長い時間に感じるんですよね。
ただテレビを見たり、ダラダラしているときの15分はあっという間に立つ。
坐禅をしているときの15分は呼吸に意識を向けているだけなのに、
普段の時間の流れが半分ほどに感じる。
時間に意識がいっているからこそ、長いとか遅いとかを感じるのだろう。
だが、主体的に取りに行っている時間だからこそ、
1秒1秒をしっかりと体感できているのかもしれない。
普段も自分のやっていることのみに集中できていれば、
時間の濃度はあがるのかもしれない。
言い換えれば、自分が集中しづらい環境に身を置いているとも言える。
ただ坐り、呼吸することだけに取り組むことを通して、
「今、ここにいる」自分を大事にし、過ごす時間の濃度を高めていきたいものです