褒め言葉を素直に受け取れないとき
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2021年5月3日 蛻変の記339号
今日も自分の中に起こった「?」や「!」を書いていきます。
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今日は朝から窓掃除。
このところ大雨が降ったり、強風の日が多かったりしたため、しっかり汚れが溜まっていた。休みを利用してきれいにする。
外に出て、窓ガラス一枚一枚洗う。
ご近所さんが通るたびに軽く挨拶をする。
おっさんが一人で掃除をしていると何かあったのかと不思議に思われるらしい。
「どうされたんですか?」と声をかけられる。
「汚れてたんで」とだけでは相手の欲しい答えになってないらしく、こちらの言葉を待たれる。
「妻に言われましてね」と答えると、
「そうなんですね!奥様に言われて掃除されるなんて良いですね」みたいに褒められる。
私は苦笑いして会話はおしまい。
別の方が通ったときも同じパターンになる。
先ほどみたいな妻を下げる流れにしたくない。
今度は汚れが気になったので、やろうと思っただけですよと返す。
また、良い旦那さんですね的なお言葉をいただく。
自分と違う価値観というだけだが、もやもやする。
妻がやっていたら特に何も言われることなく世間話で終わると思うんですよね。
おそらくですけど。
今回の経験を通して、
幼児期以降は出来たこと、やっていることを褒めるのは上から目線だなと感じる。
相手がやらない、できないと思っていることが言葉になって反映される。
「掃除してえらいね」と言っているのと同義なんですよね。
これが3歳児ならまだしも、ええ年こいたおっさんに向けていうことではないですよね。
自分もご近所さんや職場の人にやってないかなと振り返る良いきっかけになる。
自分の意図しないところで、相手の気分を害したくないですしね。
不必要に自分を上げて、妻を下げるような返ししか出来ない自分の語彙力の無さも反省。