感覚から消え去る前に言葉で切り取る
良くないところ、問題となっているところを探すというのは
プロジェクト管理の仕事をしている上での職業病かもしれない。
プロジェクトの進捗に遅れがでそうなところを探しているためめ、
どうしても良くないところに目が行く。
あら探しをしている日々を過ごしているうちに自分のクセに気がついたんですよね
それは「良くないと感じるところは言語化している」ということ。
おかしいなと感じたものは、どこにひっかかったのか、なぜ気付いたのか、
どうすればよいかなど言葉に起こすことはできている。
良くないことが起きた場合の辞書が充実している感じ。
この場合はこれね、とすぐ言葉にできる。
反対に自分の辞書に自分が「良いなとおもったところ」はほとんど載っていない。
何かいいなぁとか仕事しやすいなぁと自分の内なる言葉が浮かんでも、
気にすることなく流していた。
ふとしたときの思いはその瞬間を捉えないと消えてしまう。
これまでの自分の仕事は、マイナスをゼロにするやり方だったので、
良くないところについての項目を増やすことが仕事の効率的にもよかった。
今の自分は良い関係、良い環境を生み出すことの再現性、
他の人でも同じようにすれば近い結果が出せることにこだわりを持ち始めたんですよね。
そうした場合、どうしても良いときの兆候を、うまくいきそうなキッカケを
言葉にしてもっておきたいという思いがあります。
良いなという思いはは心に引っかかりがないため、一瞬で消え去る。
子どもの運動会で写真をとるようなもの。
常に用意しておいて、その瞬間で切り取らないとしっくりとこない。
そう思っているのにかなりシャッターチャンスを逃している。
「良いと思ったらすぐシャッターを押す」習慣を身につけるのが当面の目標。
「自分が良いと思うことをどのように記憶に残しますか?」